シャッターアイランドの感想と考察

2019年7月6日ミステリー映画

レオナルド・ディカプリオの主演映画『シャッターアイランド』を見ました。途中まではネタバレ無しで行きます。

概要

概要
タイトル 原題 年代 ジャンル 時間 rating 制作費 売上 監督
シャッターアイランド Shutter Island 2010年 ミステリー 138分 アメリカ PG12 約8000万ドル 約2億9477万ドル Martin Scorsese

あらすじ

1954年、連邦保安官のテディ・ダニエルズとチャック・オールの2人の連邦保安官は、ニューヨークから300 km北東に位置するボストン湾諸島の1つシャッターアイランドに渡り、アッシュクリフ精神病院で捜査をします。

その捜査とは、この精神病院の患者でレイチェル・ソランドという女性です。彼女は”The law of 4; who is 67?” というメッセージを床板の隙間残して行方不明となります。しかしテディが施設に強制収容されている犯罪者たちの聴取するなかで、病院が何かを隠しているのではないかとテディは疑い始めます。

感想

レオナルド・ディカプリオ出演のマーティン・スコセッシ監督映画

今まで、レオナルド・ディカプリオ主演のマーティン・スコセッシ監督映画はいくつか見てきました。

  • ギャング・オブ・ニューヨーク(2002年)

  • アビエイター(2004年)

  • ディパーテッド(2006年)

  • シャッターアイランド(2010年)

  • ウルフ・オブ・ウォールストリート(2013年)

2019年時点ではこれで全部かな?個人的にはギャング・オブ・ニューヨークだけまだ見てないんですけど、それ以外は全部見てます。どれも面白いですが、シャッターアイランドはこの中では一番つまらなく感じました。他のが面白すぎるというのもあるんですけどね。

音楽が良い

単純に、「デンデンデン」という1つの音だけを繰り返して使ったBGMはとても印象的です。

スタンリー・キューブリック監督の『アイズ・ワイド・シャット』で使われていた半音ずらした音を繰り返すBGMと同じパターンで、映画を観ていてゾワゾワさせます。

及第点

総括としては、まぁまぁ面白いです。140分近くもあるとは思えないくらい時間を短く感じさせます。でも及第点かどうか微妙なところです。

その理由は主に以下の3つです。

1. ロボトミーの肯定

ロボトミー手術

ポルトガルの精神科医エガス・モニスが考案した、前頭葉を切断する精神外科手術のこと。彼はこの考案によって1949年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
しかし1975年頃には使われなくなった。映画で登場している術式はモニス術式ではなく、ウォルター・フリーマンが開発した経眼窩術式。

ロボトミー手術といえば、私はヴァイオリニストのヨーゼフ・ハシッドを思い浮かべます。彼はフリッツ・クライスラーに「200年に1人の逸材」とまで言われるほどの天才でした。しかし失恋から統合失調症を発し、1950年にロボトミー手術を受けた後遺症により26歳で亡くなりました。

日本でもロボトミー殺人事件(Wikipedia)とか起こってて、仮に命が助かっても人間性を失ってしまうんです。映画の舞台は1954年でロボトミー手術が普及した時代ではあるものの、今では禁忌とされているようなものを暗に肯定するような描写があります。

ここからはもうネタバレを含みます。

ロボトミーを否定しているとも取れる部分もありますが、最終的にはテディはロボトミーを選択する結末を迎えています。でも上で言ったようにロボトミーは現在では禁忌です。そういうところが凄くモヤモヤします。

2. プロパガンダを臭わせる

私は共産主義でも反共でもありません。そういうフラットな立場から見ても、この作品では共産主義というだけで悪者だと捉えられかねない描写がいくつかあります。「男がビラを撒いてる」とテディが言うだけで女性が恐怖したりね。

単にテディが妄想を膨らませているだけという話にしたいなら他にもやりようがあるはずです。私は映画を音楽や絵画と同じように芸術と見做しているんです。そこにこういう話を持ち込まないで欲しいんですよね。これは「ダッハウの虐殺」の否定にも同じことが言えます。

3. ダッハウの虐殺の歴史事実の否定

もちろん、史実を描写することでそれらを周知するのも映画の1つのチカラだとは思います。例えば、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)がユダヤ人に酷いことをしていたとかね。
でもこの作品では、ホロコーストの存在は描きつつも、コーリー医師はテディが経験したであろうダッハウの虐殺を否定的に見ている、都合のいい部分だけつまみ食いしているんです。それはずるい。

コーリー医師は終盤で真実を語る役割を担っています。

テディから2年間同じ話を聞かされてコーリー医師が暗記した内容

67人目の患者、嵐、レイチェル、相棒。(島の中を歩き回ったことは事実だが、あの嵐さえ妄想だと言っている)

これらの説明から、視聴者は終盤で起こる灯台でのやりとりを「コーリー医師やシーアン先生が真実を述べるシーン」だと捉えます。控えめに言っても「それが真実だというある程度の前提」を掴むことになります。いや、掴まされます。

そのうえで、主人公が経験したであろう「ダッハウの監視兵殺戮も事実かどうか」と言い出すのです。でもアメリカ兵による報復(ダッハウの虐殺)が起こったのは歴史上の事実です。

テディが心を病んだのはダッハウの虐殺が原因だと考えるのが自然で、せめてこの話だけでも現実世界と強く結びつけることが出来たはずで。(例えば、正気を取り戻したベッドの上で全てを語るシーンにおいて、「俺はダッハウの虐殺で心を病んで・・・」って言及するならまだ許せる)

こういうことから、このシーンは(明らかに映画の世界を飛び越えて現実世界において)ダッハウの虐殺を無かったことにしたい意図が働いているように感じます。

統合失調症の誤解を招きかねない

作中では明確にテディが統合失調症だという言明はありませんが、そう捉えるのが自然だと思える設定です。
しかもテディが治療薬として24ヶ月服用してきたのは、クロルプロマジンという統合失調症にも使われる治療薬です。本来は副作用で頭痛や痙攣が起こるのに、作中では禁断症状として描かれています。まずこれがモヤる。

更に、これは多くの統合失調症の症状としてはかなり逸脱しています。以前にもラッセル・クロウ主演映画『ビューティフル・マインド』で統合失調症からくる妄想が描かれていました。重度になると幻視や幻聴が起こるは事実ですが、やはり逸脱していると感じます。

何が現実で何が妄想か分かりづらい

上で述べた不満点のほかにも、作中ではそれが現実か妄想か分からなくなるように作られています。それが作者の意図だとするなら、ちょっと評価できません。この手のミステリーは、ある法則や鍵を使うことで全てに合点がいくように作られていなければなりません。それが出来ないなら駄作と言わざるを得ません。

例えばブルース・ウィリス主演の『シックス・センス』。ここでオチは書きませんが、見返すと全て合点がいくように作られていて、とても手間がかかっていると思います。だからこそ、制作費がシャッターアイランドの半分でも2倍以上の興行収入があるんだと思います。

シャッターアイランドの場合は細部が雑に感じられます。例えば、コーリー医師と初めて面会してレイチェル・ソランドのプロファイルについて話すとき、レイチェル・ソランドのプロファイルはこうです。

  • 彼女が3人の子を殺めた(サイモン、ヘンリー、レイチェルの3人を殺めたドロレス・チャナルの罪)

  • 子供をキッチンに座らせた(実在しない話)

  • 彼女は2年間ここに収容されていて自宅だと思いこんでいる(テディの症状)

ここで全てテディのことを言っていれば、見返した時に「なるほどね」とはなります。でも実際には視聴者を撹乱するために全てがグチャグチャに作られています。

考察

陰謀説と病気説、2つの結末

陰謀説

闇の組織がマインドコントロールをしていて、それを知ってしまったテディも飲み込まれている。

病気説

テディは過去のトラウマから精神を病んでテディという別人格を作り出し、この施設に2年間収容されている。

最初から最後まで、この世界はどちらなのかと考えさせられます。でも結末を知ると、陰謀説はありえないことが分かります。なので以下では全て病気説を前提に話を進めます。

本当の名前

現実と空想における名前と役柄の関係
名前 空想 現実
役者 役柄 役者 役柄
4の法則 Andrew Laeddis イライアス・コティーズ 放火犯 レオナルド・ディカプリオ 患者アンドリュー(主人公)
Edward “Teddy” Daniels レオナルド・ディカプリオ 連邦保安官テディ(主人公)
Dolores Chanal ミシェル・ウィリアムズ
Rachel Solando エミリー・モーティマー 脱走犯(現実では看護師) 娘の名前はレイチェル
その他 チャック・オール マーク・ラファロ 連邦保安官(相棒)
シーアン先生 非登場 レイチェル・ソランドの主治医 マーク・ラファロ 主人公の主治医

The law of 4; who is 67?

(50分頃)
「A棟とB棟には合計42人、C棟には24人、合計66人の患者がいる」という会話があります。この会話もテディの妄想である可能性もありますが、「”4の法則”ってやつか」と口を挟む職員もいて、実在する会話だと考えられます。

コーリー医師は理事会での承認を得てテディを施設や島を自由に闊歩させていて、この時のテディは拘束具を着ける対象ではありません。それを踏まえる(テディを除く)と、患者が66人だという話は成り立ちます。

でもその前提だと、嵐があったことになります。ラストではコーリー医師は67人目はテディ自身で、嵐さえ妄想だと言っています。実際、庭も元通りになっているので嵐は存在しなかったはずです。

しかし、ここで議論されている嵐がテディが体感している妄想の嵐ではなく、いつか来るであろう嵐を想定した議論であるなら、コーリー医師らはテディを含めて67人と言うべきなので、矛盾が生じます。

また、テディに自由に捜索させることで自我を取り戻させようとしている一方でレイチェル・ソランドが見つかったと切り出すのはちょっと不自然ではありませんか?

この作品では、何かをきっかけにこれは妄想でこれは現実、と選り分けることがとても困難だと感じます。

拘束具の是非

(50分頃)
上でも触れましたが、このシーンでは拘束具の是非について議論しています。でも冒頭では拘束具を付けられた男性が既に登場しています。ということは、この男性たちが妄想か、あるいは医師らの議論が妄想ということになります。でもラストのシーンで登場する周囲の患者やコーリー医師の治療方針を考えると、ここの患者は皆自由で、拘束具は付けられておらず、冒頭の拘束具はテディの妄想だと言えます。

灯台のある場所、向き、大きさが違う

映画の前半と後半とでは、灯台の位置が違います。前半には見上げるほどの高台の上に建っているように見えますが、後半では海面ギリギリの水際に建っています。
2つを見比べると、この灯台は中全体が螺旋階段になっていて、それぞれ撮影している角度が正反対に違うことが分かります。

また、外観では小さく見えるのに、内部に入ったシーンではとても広く見えます。でもこれに深い意味はなくて、単にモデルにしている灯台が小さくて部屋もないので、それでは内部でのシーンに困るから別に用意しただけなんじゃないかと思います。

おでこの絆創膏と結婚指輪とセンスの悪いネクタイ

テディは冒頭からおでこの左下に小さな絆創膏を張っています。これは雨に打たれても顔を洗っても取れないものでしたが、終盤でシャワーを浴びた時に外れています。ここに何かヒントがあるのか?と思いましたが分からず仕舞い。ちなみに結婚指輪は終始存在しています。ネクタイは過去に所有していたでしょうが、着用しているものは妄想の産物なのでしょう。

見返すと面白いシーン

初見のあとに結末ありきで映画をもう一度見直すと、気づくことがいくつかあります。
以下では時系列でそれらを説明しますが、上記の考察により「陰謀説」は除外します。

火事の死者数

(2分頃)
冒頭の船の上で、テディは2つのことを言っています。

  • 水が苦手

  • 火災によって4人が亡くなった

でもこの4人とは現実では妻と3人の子供のことで、水が苦手なのも子供3人が水に沈められたトラウマからです。

テディを見張る厳戒態勢

(5分頃)
島に渡った直後にこんな会話があります。

テディ:随分ピリピリしてるんだな

マクフィアソン副警備隊長:まぁ状況が状況なんでね

初見では、この会話は脱走したレイチェル・ソランドを捜索するために厳戒態勢を敷いていると受け取れる会話です。

しかし実際には、暴力性のあるテディ(アンドリュー)を治療の一環として施設から出したために、警護の人間が厳戒態勢を敷いていて、マクフィアソン副警備隊長はそのことを「状況が状況」だと言っているようにも受け取れます。

マクフィアソン副警備隊長の笑み

(7分頃)
施設に入る前の門で、C棟には原則立ち入り禁止だという話をした時です。

テディ:近寄ると病気が移るか?

マクフィアソン副警備隊長:(少し遅れてニッコリ)

初見では、C棟に何かやましいことを隠していることを臭わせる不敵な笑みのように見えます。

しかし結末を知ってから見てみると、テディが患者本人であるにもかかわらずこの言葉を言ったため、マクフィアソンが「コイツおもろいこと言いよんなぁ(笑)」と思って笑っているようにも見えます。そう考えると面白い。

相棒の銃の取扱いが下手

(8分頃)
相棒のチャック・オールは門で銃をホルスター(銃を入れるやつ)ごと預ける時、腰から外すのにもたついています。テディは「こいつ大丈夫かよ」って顔をしています。
でもこれは、本来彼はテディの主治医で銃の取扱には慣れていないからだったんですね。

警察手帳がショボい

(9分頃)
一瞬しか映らないのですが、コーリー医師に会う前に2人は連邦保安官としての身分証明のような手帳を見せていますが、これの造りがとてもちゃちです。コピー機で印刷して張り合わせたような。ただし実物が分からないので実際のところは分かりませんが。

法と秩序と医療の融合

(10分頃)
この会話の中でコーリー医師は「・・・溺れさせたり」とテディをチラチラ見ながら言っています。「この単語を使ったら本当のことを思い出すか?」とテディを試しているようです。

靴が男性用

(13分頃)
脱走したレイチェル・ソランドは女性ですが、なぜか部屋に用意されていた2足の靴は両方ともバルモラル(内羽根式)のストレートチップシューズでした。でもテディはそれについて一切疑問を持ちません。これはこの部屋の使用者が男性であることを示しています。

職員のデータは見られない

(15分頃)
職員のデータを要求されたコーリー医師が「考えておこう」と言った時、なぜか相棒は苦笑いしています。

これはテディがあくまで患者で、たとえ「捜索ごっこ」でもそれを見せるわけにはいかなかったからでしょう。

捜索隊の様子が変

  • 雨が降っているのに草むらに寝転がっている

  • 帽子を脱いで呆然と立っている

  • 石を投げて遊んでいる

(15分頃)
岩場にいる捜索隊らの様子はどう考えても全員不自然です。次の点が考えられます。

  • 彼らも、テディの治療に付き合わされている入院患者である

  • 実際には島全体は患者が自由に闊歩できるシステムで、ただここでくつろいでいる患者に対してテディが脳内で捜索隊の制服を着せている

  • 全部妄想

でもこれらまで妄想となると、「なんでもアリ」になってしまいませんか?

シーアン先生への言及

(19分頃)
女性看護師は、グループセラピーの進行役であるシーアン先生に言及しますが、このとき女性はテディの相棒チャックをチラチラと見ています。彼がシーアンだからです。

「捜査の体裁をしているこのセラピー」はテディを治療するためのものなので、この事件がテディの空想であることを悟らせるためにはチャックを指さして「彼がシーアン先生でしょ!」とは言えないのです。テディがその医者と話したいと言ってもコーリー医師は「フェリーで発った」ということにして切り抜けます。

チャックの「こんな時に外に出していいのか」という問いに「医者だから大丈夫」という回答に周囲が笑ったのもうなずけます。

十分話したろ?

(20分頃)
聴取のあと、テディがコーリー医師に「そこで話そう」と言うと、コーリー医師は「十分話したろ?」と言います。コーリー医師やシーアン先生にとっては聴取の話ではなくて2年間のセラピーのことで、だからうしろでチャックに扮したシーアン先生もうなずいているのでしょう。

女性が注射を用意している

(35分頃)
テディが患者に聴取するとき、傍ではシーアン先生に言及していた女性が注射を用意して待機しています。患者が暴れだすと立ち上がりますが、患者が通り過ぎたら再び椅子に座ってテディを凝視しています。注射を打つ対象がテディだからです。

ミセス・カーンズ

(37分頃)
次に聴取したミセス・カーンズという女性は水を要求します。このシーンの前後では吸い殻とコップの様子が違います。

女性は水を飲む振りはしていますが右手にはコップがなく、彼女が立ち去るときにはコップに水が半分残っているように見えます。テディのトラウマからでしょうか?
また、少なくとも2本以上はあった倒れたタバコの吸い殻も、1本だけ真っ直ぐ立っています。(これはどういうことなのかよく分からない)

現実では、テディは2週間前にジョージ・ノイス(George Noyce)を襲っています。その理由はテディをレディスと呼んだからです。ミセス・カーンズが震えながら「レディスを知らない」と言ったのは、もしかしたら「知ってるわ、あなたよ」と答えると自分も暴力を振るわれるかもしれないと恐怖した可能性があります。

でも、ミセス・カーンズが「RUN」と書きなぐったのがなぜかは分かりません。テディの妄想と言われればそれまでですが。

レディスの再合成

(39分頃)
現実世界で、以前住んでいたアパートを放火したのは精神を病んだ妻ドロリスです。テディは、現実では本名であるレディスという名前を放火犯に置き換えて、その容姿をダッハウ強制収容所の司令官(ノルマンディー上陸作戦時に自決に失敗したナチスドイツの将校)に置き換えているように見えます。

ダッハウ強制収容所に娘の姿

(43分頃)
ダッハウ強制収容所で横たわるユダヤの人々は皆やせこけていますが、そこに紛れているテディの娘だけはふっくらとしています。

ジョージ・ノイス

(100分頃)
テディはコーリー医師の車からマッチを盗んでいます。そのあとに登場するジョージ・ノイスとテディは牢屋の柵越しに会話をします。テディの妄想ではジョージ・ノイスは社会主義の学生で、ここを一度出たもののマインドコントロールに支配された人として描かれていました。しかし現実ではテディと同じような精神疾患を抱えた患者でした。

ラストの展開とセリフ

主人公は最後のセリフでモンスターのまま生きるか 善人として死ぬかと言っています。これは、アンドリューがテディに戻らずに済んだことを示しています。

妄想は振り払えたけど、現実の自分はモンスターだった。もしかしたらまた症状が悪化するかもしれない。」と感じていたかもしれません。

結局は現実の自分を受け入れられず、「妄想が治っていない振りをして手術を受けたほうが いっそ楽になれるのではないか。」と。

でね、このシーンを見返していて気づいたのが影の向きの違いです。最初は建物に向かって日が射しています。たぶん建物は東向きで、朝日を浴びています。ところが、アンドリューが最後のセリフを言ってから立ち去る場面では西日になっています。

何か意図がある?それとも単に1日の撮影のなかで日が傾いてしまった?そんなヘマするでしょうか?これも分からない点の1つでした。