映画『戦場のピアニスト』を観た感想
ポーランド出身のウワディスワフ・シュピルマンというピアニストの半生を描いた映画で、実話を脚色したもの。絶対観るべき。
前半はネタバレ無しでいきます。
もくじ
概要
タイトル | 原題 | 初公開日 | ジャンル | 時間 | 国 | rating | 制作費 | 売上 | 監督 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
戦場のピアニスト | The Pianist | 2002年9月25日 | 戦争映画、歴史映画 | 150分 | フランス イギリス ドイツ ポーランド | G, NR | 3500万ドル | 約1億2007万2577ドル | ロマン・ポランスキー |
日本での年齢制限が無しという表記になっているものの、個人的には最低でもPG12以上だと思う内容なのですが・・・
あらすじ
舞台は第二次世界大戦においてナチスドイツから侵攻を受けたポーランドの首都ワルシャワ(クラクフの北にある街)。
ピアニストとして暮らしていたユダヤ人のシュピルマンと一家はワルシャワ・ゲットー(ゲットー:ユダヤ人を収容する狭くて劣悪な居住区)に押し込められて生活することになります。
映像も音楽も最高に良い
この壮絶なストーリーが実話だということにも驚きましたが、カメラワーク、構図が凄くて、他の作品と圧倒的にレベルが違うことに驚きました。特に印象的だったのはこういうところ。
戦車砲からのドアへ走り込む様子のカメラワークと間のとり方、そして音の変化。
夜の街で壁にもたれた時のパースの利いた構図の美しさ。(靴に入れたメモを見る辺り)
死(移送列車が進む向こう側)と生(自分が逃げる方向=カメラ側)を対照的に描く構図。
ホーゼンフェルトが食料を抱えて上階に移動する流れ。
今までポランスキー監督の映画は観たことがなかったのですが、こういう部分で彼の凄さを感じて他の作品への興味も湧いてきました。とにかく映像が美しい。
音楽については後述。
監督もクラクフ・ゲットー被収容者
この作品の監督はロマン・ポランスキー。以前観たシンドラーのリストでも監督候補に上がっていた人物です。
彼は実際にこの映画の舞台となったワルシャワの南にある都市クラクフ出身で、クラクフ・ゲットーに収容されるも父親に逃されてフランスで生き延びました。強制労働させられていた父とは終戦後に再会できましたが、当時妊娠中だった母はホロコーストの代名詞ともいうべきアウシュヴィッツに送られてすぐに殺害されました。
フランスに逃げた後も安寧はなく、ヴィシー政権(ナチスの傀儡政権)による「ユダヤ人狩り」から逃げるため終戦までは転々として暮らしたそう。クラクフ・ゲットーの解体やプワシュフ強制労働収容所にはアーモン・ゲートが関わっており、どれだけ酷い場所だったかはシンドラーのリストを観ればわかります。
私の中で珍しい「★8」受賞
このブログでは、映画評価を★0から★9までの10段階で評価することで、鑑賞済みの映画をごく個人的にまとめているのですが、その中でも上位の上位。いっそ最高ランクの★9でもいいくらいですが、★8です。それはなぜか。(後述)
登場する2人の女性がややこしい
- エミリア・フォックスが演じているドロタ(チェロ弾き)
- ルース・プラットが演じているヤニナ(歌手)
2人とも若くてブロンズの髪、丸顔、大きな目をしていて髪型もそっくりなので最初は同一人物かと思いました。ヤニナが歌手だという話が出てくるので区別は可能なはずですが、混同する人は結構いるんじゃないでしょうか。
2つの蜂起
シュピルマンが隠れている眼の前で起こった2つの蜂起では多数の犠牲者が出ていますが、映画ではほとんど触れられません。
- ワルシャワ・ゲットー蜂起(1943年4月19日 – 5月16日)
ゲットー内のユダヤ人が革命政権を作り、ナチスドイツに仕掛けた武装蜂起。
- ワルシャワ蜂起(1944年8月1日 – 10月2日)
民間人のレジスタンスがナチスドイツに仕掛けた武装蜂起。多数の犠牲者が出て失敗に終わった。ソ連は蜂起を呼びかけたにも関わらず、積極的な支援をしなかった。
登場するクラシック音楽がどれも素晴らしい
選曲も演奏も非常に素晴らしい。
大抵の映画だと仮に選曲が良かったとしても演奏が酷いことが多い。ピアノが生音じゃなかったり演奏がペラペラで聴くに堪えない映画は多々ありますが、この映画ではガチのピアノ「スタインウェイ」を使っていたり何かとチカラが入っています。勿論ピアニストもオーケストラもプロ。
音楽へのチカラの入れようにここまで感心したのは『はじまりのうた』(BEGIN AGAIN)以来かもしれません。
特に印象深かった曲を紹介します。
ショパンの曲
華麗な大ポロネーズ
アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ(動画の再生開始は、映画に使われたポロネーズから[4:44~]に設定しています)
これは作中で2回ほど流れる曲ですが、キーシンによるこの独奏なんか素敵だなぁと感じました。
で、ここからネタバレ。
夜想曲第20番 嬰ハ短調(遺作)
映画の冒頭で登場する曲です。演奏しているのは生き延びたシュピルマン本人です。色々聴き比べてみましたが、無駄にねっとりしていないテンポのこの演奏が1番好きでした。
バラード第1番 ト短調 作品23
これは作中でも特に重要な曲です。実際には10分を超える曲です。作中では4分くらいに上手にまとめられていて、編曲が上手だとは思ったものの、個人的には全部弾いて欲しかった。
私が普段聴いてる数少ないショパンの曲が大事なシーンで流れて妙な嬉しさがありました。普段はホロヴィッツの演奏を聴いていて、やっぱり最後の速さが聞きやすくて好きです。Youtubeにあるやつだと、他にはツィマーマンの演奏も良かった。
ドイツ3大B(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)に数えられる通り、ベートーヴェンはドイツ出身。だからホーゼンフェルトも月光を弾いていた。
後述するホーゼンフェルトの演奏するベートーヴェンの「月光」が聞こえた後、缶詰を開けようとしている中でシュピルマンとホーゼンフェルトが出会うワケですが、SS将校から「ピアノを弾いてみろ」と言われたら普通ならドイツ人の曲を弾きませんか。だって命が掛かっているのですから。
でもシュピルマンはここで自分と同じポーランド出身のショパンを堂々と弾いて、その技巧でホーゼンフェルトを唸らせます。ピアニストとして、ポーランド人としての矜持を見せられた気分です。
ホーゼンフェルトはシュピルマンを助けるために自分の隊の拠点をこの建物に移し、隙を見て屋根裏にいるシュピルマンに食べ物を分け与えます。パンにジャム、そして缶切り。さすが仕事ができる人物だと思いました。シュピルマンは最初にジャムだけを一口食べて至福を得ます。
映画の注意に「暴力・薬物使用」とあってもその描写がずっと見られなかったのですが、シュピルマンがジャムを食べているのを見て「これのことなのかな」と思いました。(笑)
ショパン以外の曲
ショパンではない曲は作中では2曲しかありませんが、それにはちゃんと意味が込められているように思えました。
ベートーヴェン ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2「月光」
実際に流れるのは月光の第1楽章の冒頭だけ。個人的にグールドが好きなので彼の演奏をここに載せます。
最初観た時はこれがただのBGMだと思いこんでいて、ホーゼンフェルトの演奏だとは気付きませんでした。でも映画をよく見返してみると、シュピルマンも音を気にして下階を眺めてるんですよね。
バッハ 無伴奏チェロ組曲(BWV1007)
個人的には「この曲と言えばパブロ・カザルス、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ」というくらい、ほとんど彼ら2人の演奏しか聴きません。
この曲は、シュピルマンと再会したドロタが弾いていた曲。冒頭では恋仲になりそうだったのに、戦争によって2人の恋は実りませんでした。しかも冒頭ではショパンの話をしていたのに、再会後には胎教の為かバッハの曲を弾いているんです。この曲を聞いた瞬間「あぁ、シュピルマンへの気持ちはすっかり無くなってしまったんだなぁ」と思いました。
もしここでショパンの曲を弾いていたら、シュピルマンに未練があることを思わせる違った画になったでしょうし、決定的な恋の終わりを見て戦争とはまた違う悲しさがありました。
★9への躊躇い
シンドラーのリストと比較して感じた1番の大きな違いは「人命の尊さ」の扱い方、描き方でした。
私がこの映画を★9にすることを躊躇っている理由はここにあります。特に目立ったのがホーゼンフェルトの冷遇。
ヴィルム・ホーゼンフェルト大尉の冷遇
映画だけ観ると、家族写真をデスクに飾るホーゼンフェルト大尉はナチスの中でもただちょっと良心のある人で、偶然シュピルマンを助けたかのように描かれていて、もしシュピルマンがピアニストでもない一般人だったら捕まえられてもおかしくないような描写です。
でも実際はそうじゃない。史実でのホーゼンフェルトはイスラエルから諸国民の中の正義の人の称号を与えられるほど、ユダヤ人を含む多くのポーランド人を自分の管轄する施設の従業員だと身分を偽らせて匿った人物で、決して思いつきやピアノ技巧だけでシュピルマンを救ったワケではありません。
にも関わらず、作中ではシュピルマンだけを助けたことになっていて、エンディングでも彼の功績に触れないどころか、獄中死した顛末もごく簡素にしか説明されていません。私はこれがどうしても腑に落ちませんでした。こんな扱いを受けるのは彼がドイツ人でSS将校だからでしょうか。もちろん、改心するまでの間に彼がどれだけナチスに加担したのかは分かりませんが、これでは彼があまりにも浮かばれないのでは。
とは言え、監督も実際の被害者の1人なので彼を慮れば分かる部分もあります。例えば、どうしてもSSへの憎悪に抗えないとかね。それを抜きにしても、映画の構成上での問題もあったのかもしれません。なるべくシュピルマンにフォーカスしたかったとか、ホーゼンフェルトの話が長くなるとまとめにくいとか。
それでも、ホーゼンフェルトをもう少し称える内容にして欲しかった。
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