アバウト・タイム ~愛おしい時間について~のレビュー

2019年1月7日恋愛, SF映画

アバウト・タイム ~愛おしい時間について~という映画を観ました。この映画は2013年に公開されたアメリカとイギリスの合作です。
思っていた以上に、なかなか興味深い映画でした。

あらすじ

ドーナル・グリーソン演じる主人公のティム・レイクは21才になった時、ビル・ナイ演じる父ジェームズ・レイクから「我が一族の男にはタイムトラベルの能力がある」と告げられます。

その能力に目覚めてからは、人生で失敗するごとに成功するまでタイムトラベルを繰り返すのですが、ある時、彼の人生観に変化が起こります。

時間の大切さを噛み締めよう

その変化というのは「~愛おしい時間について~」というサブタイトルにもあるように「時間の愛おしさ、大切さ」です。

この話で行き着くところは、「私が目指したい人生観」と共通している部分がありました。この人生観というのは宮台真司さんとか苫米地英人さんに影響を受けたところが大きいんですけどね。

1つは情動にとらわれて生きること、もう1つは情動に生きる自分を「もう1人の自分」が俯瞰で見ること、この二重性を感じながら生きる感覚です。例えれば、ゲームの主人公 本人になりきる感覚と、それを操作しているユーザーの感覚を同時に感じ取るということです。

できればそういう高尚なことがしたいんですけど、よく情動にどっぷりと浸かって生きている自分がこの映画を見ると、「そうそう、これ。こうやないとアカンねんなぁ」と再認識させられるんです。

そういう意味でこの映画とてもよく出来ていると思いました。矛盾点とか「その展開はちょっとなぁ」とかいう不満点とかはあるっちゃあるんですけど、そういうことを含めても評価できる映画です。

素敵だと思ったシーン

マーゴット・ロビー可愛いなぁ

シャーロット役で登場するマーゴット・ロビーが凄く可愛い。最近あんまり映画を見てなくて、他の作品だとマーティン・スコセッシ監督によるレオナルド・ディカプリオ主演のウルフ・オブ・ウォールストリートで登場するセクシーな役が印象に残ってたんですけど、この映画でもやっぱり可愛い。

ティムとメアリーが出会う場面

2人が出会うのは真っ暗闇で、顔とか容姿にとらわれずに、ただ「話が合う」ということで盛り上がるのが凄く良い。

キットカットがメアリーを出迎えるシーン

リディア・ウィルソン演じるティムの妹キャサリン(キットカット)は自由奔放でちょっと風変わりですが、家族はそれを矯正せずにそのままの彼女を受け入れているところも素敵ですが、メアリーが自宅に来たときの歓迎の仕方も素敵ですね。

一番最後

ネタバレになるのであまり細かくは言いませんけど、ティムと父親ジェームズが砂浜で手をつなぐ場面もいいですね。

不満点は「他者への愛が足りないこと」

タイムトラベル能力を息子に告げるシーンの前後は展開としてはだいぶ苦しいですね。ただまぁこの手の話で上手く持っていくのは相当難しいと思うのでまだ目が瞑れますが、不満だったのは「他者への愛が感じられる描写があまり無かった」ことですね。ここで言う他者とは、血縁外ではなく「関係が薄い人」です。

ここからはちょっとネタバレになるんですけど、
レイチェル・マクアダムス演じるメアリーと付き合っていた彼氏は、ティムが能力を持っていなかったらそのままずっとメアリーと付き合っていたかもしれません。ティムは彼を蹴落とし、メアリーを手にします。

でも作中では、ティムがそれを思い返して罪を感じたり反省したり贖罪する描写が一切ありません。一方で、妹の恋路については熱心に取り計らっています。

結局のところ、作中でティムにとって大事なのは「自分と自分にとって重要な人たちだけ」なんですよ。あとはどうなってもいいというスタンスです。

なぜティムがそういう思考をしているかというと、要するに彼が「自我」に支配されているからです。 でも実際には「自我」に支配されているだけでは二重性を生きることって出来ないと思うんです。(二重性を感じて生きることは作中でティムが終盤で間接的に述べています。)

自我を完全に捨て去ることはできないでしょうけど、単純に「この作品は二重性は主張してても博愛は主張していないんだ」「博愛はあなたの主張でしょ」という説明では納得できないんです。

なぜなら「自我にとらわれること」が「情動にどっぷり浸かること」だからです。
情動から抜け出すには自我を俯瞰で見る必要があって、それが出来ていれば「他人」と「自分」を同一視できる、他人が自分くらい大切に思えるはずなんです。だって空から人を見れば、個体識別はなくてどれも同じ「人」でしょう?そういう感覚です。

時間が大切だという点は同意できますが、散々時間を繰り返して行き着いたところがそれかい?と。
「分かっているようで分かっていない」そういう点が「作品としては表面的でちょっとペラいなぁ」と思っちゃいましたね。